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テノール歌手  大岩 道也 さん  (その2)

奮戦してイタリアオペラの舞台に立った大岩さん。自身の思い出の舞台、歌唱法の基本技術から、日本のオペラ歌手を育てて世界に飛翔させる夢を、熱く語っていただきました。(文=ゴマッジョ 写真=倉本兼治)

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≫≫ 歌わない3時間のリハーサル ≪≪

──大岩さんはイタリアで数多くオペラの舞台に立っておられますが、一番の思い出は?

大岩 やはり最初に出た「ラ・ボエーム」、これがもっとも印象深いですね。ミラノの南のローディ市の、ゴリーニという小さな劇場でした。あとでわかったことですが、この出演にはエピソードがあります。
 劇場側が半年前からイタリア人のテノール歌手を探していたんですが、なかなか適任者が見つからなかったんです。そして3ヶ月前になり、私がレッスンを受けていた指揮者のアルジェント先生のところに、「外国人でもいいから」と2度目の電話があったそうです。先生が「日本人ならいるよ」と答えたら、「日本人ならいらない」と断られたんです。
 だけど、2週間前になっても主役の一人ロドルフォ役のテノール歌手がどうしても見つからなくて、「日本人でいいから一度聴いてみよう」ということになり、私にお声がかかり、関係者の前で歌った結果、出演が決まったんです。

──テノール歌手は少ないんですか?

大岩 少ないこともあるし、技術的に難しくて、とくに「ラ・ボエーム」ではロドルフォ役は3幕の最初以外は4幕中ずっと出ずっぱりなんですよ。他の歌手に影響しますし、責任が重大なんです。だから、何人も試したけれどこれはという適任者が見つからなかったんですね。

──それでチャンスが巡ってきたわけですね。

大岩 本番の3日前に、1回だけリハーサルをするというので、出演者が呼ばれました。私は初めてのことで、楽譜を用意して、緊張して指揮者の家に出かけました。9時にはみんなが集まりました。しかし、いっこうにリハーサルが始まらない。12時までの予定だったですが、10時になっても11時になっても、椅子やソファに座り込んだまま、オペラに関係のないことをペチャクチャしゃべって、お茶を飲んだり、お菓子を食べたり…。やっと12時前になって、「ラ・ボエームのこことここをカットして上演します」と説明があり、その確認がリハーサル(笑い)。5分で終わりました。

──顔合わせみたいなものですか?

大岩 そうなんです。そんな基本的なことはみんなわかってるんですよ。それをわざわざ3時間も集まって…。
 結局、オペラ歌手はみんな孤立しているんですよ。あちこちで出会うから、お互いに顔は知っているんです。だけど、ちゃんと会話をすることはほとんどないんですね。だから、リハーサルと称して集まって、雰囲気つくりをしたというわけです。
 日本では考えられないことです。日本では3ヶ月ぐらい前から練習に入り、少なくとも5、6回は集まってリハーサルをして、時間オーバーするくらいに熱心に歌い続ける。その曲目を初めて練習して覚えることが多いのです。しかしイタリアでは、ちゃんとそのオペラをものにしている人だけが集まるんです。だから、簡単な確認だけで十分なんですね。

──初舞台は成功裏に?

大岩 必死にやって大役を終えて、幕がおりたときに出演者同士が握手をして、お互いに「ブラボー」と祝福し合いました。そして、また幕が上がって観衆から盛大な拍手をあびました。
 この初舞台でもハプニングがありました。4幕の途中で、男4人がドンちゃん騒ぎをする場面があります。私が椅子に座っているときに、二人が歌いながら近づいて、私の頭を押さえつけました。驚いて、「何すんだ!」と思ってはじき返したんですが、はずみで椅子がベキッと折れちゃったんです。
 あとで聞くと、その場面では私がでんぐり返りをするところだったんです。それで二人が、私を支えてしやすいようにと手をかけたわけです。しかし私は知らないもんだから、「ギャー!」ってはねのけたんです。終わってから、「お前、知らないのか」と聞かれて、やっとわかりました(笑い)。
 オペラには標準演出というのがあり、演出家がつかないときは、みんながそれを知ってるものとしてやるんですね。だけど普通はやらないし、私はでんぐり返しは観たことがなかったんです。

──何時間くらいの舞台だったのですか

大岩 4時間くらいの舞台で、実際に歌っているのは3時間半くらいです。

──それは疲れますね。

大岩 舞台が終わると、3キロくらい体重が減ってます。帰るときは、身体が軽―くなってます。一晩で戻りますけども。
 よく言ってたんです。高級肉体労働者だと(笑い)。

大岩 もう一つの印象深い思い出があります。2回目のミラノ留学のときのことです。ミラノの少し南にあるパヴィーアで演奏会があり、スペイン人の伴奏者からリハーサルをしてくれと言われたんです。演奏会でリハーサルをするのは珍しいんですが、「じゃー」ということで、ソプラノとバリトンと私の3人がミラノでリハーサルをしたんです。
 ソプラノ歌手はパヴィーアの地元の人で、帰るときに「プロパガンダしとくからね」と言ったんです。さてどういう意味だろうかと思ってたんですが、当日に会場に行ったら、テレビ局が来ているんです。そのソプラノ歌手はそんなに有名じゃないんですが、私とリハーサルをして、もしかして一緒にテレビに出られるかもしれないと、テレビ局を呼んでいたんです。
 私の出番が終わって、タキシードを脱いで楽屋でくつろいでいたら、劇場の人に、「すぐ来てくれ」って呼ばれました。急いでまたタキシードを着て行ったら、「アンコールを歌え」と。アンコールは全員でやるのではなく、一番高評だった人が歌うんです。私が歌ったプッチーニの最後のオペラ「トゥーランドット」(荒川静香さんのイナバウアーで有名な)が決め手になったんですね。アンコールでは、カメラを手にした人が前に出てきて、さかんに写していました。
 そのときはまだ、テレビ放映は決まっていなかったんですが、山の上のレストランで関係者みんなで食事をしているときに、「放映が決まった」と教えてもらいました。これも忘れられない思い出です。

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≫≫ イタリアの母音と日本の母音 ≪≪

──たびたび、発声理論の重要性を言っておられます。イタリアと日本ではその違いが…。

大岩 違います。勉強の入り方がまったく異なっています。日本の先生が理論を知らないんです。入り方がわからないから、どうしようもないんです。
 イタリアオペラを勉強していると、「ベルカント唱法」と「ヴェリズモ唱法」という言葉が出てきます。「ベルカント」を直訳すると、「美しく歌う」になります。喜怒哀楽などの感情をきちんと歌いわける技術を磨くのが「ベルカント唱法」です。
 「ベルカント唱法」は、イタリア語の性質や特徴をもとに組み立てられていますから、イタリア人にとってはとても入りやすいんです。日常会話で使っている言葉を、ちょっと強調すればそのままオペラで使えるんです。
 ですから、それほどたいした勉強をしなくても、女性だと28歳くらいからデビューする。男性だったら、テノールだと32~3歳、バリトンは35歳くらいからデビューする。そして4~5年間は、見事に歌えます。
 ただし、ちゃんと基本の勉強をしていないと、長くて7年くらいで消えてしまいます。声帯のコントロールができなくなるんですね。基本技術を正しく身に付けていれば、15年、20年と歌えます。
 ちなみに、「ヴェリズモ唱法」というのは、現実の会話に近い発声法です。現代的・日常的なテーマのオペラでは現実性のある声にしなければならないんです。「ベルカント唱法」は400年の歴史があり、「ヴェリズモ唱法」は100年前にできました。

──たとえれば、文語体と口語体というようなことですかね。ところで、講演録でイタリア語の母音の特徴について触れられていますが…。

大岩 イタリア語の母音はタテ系列になっているんです。最初にマラテスタ先生から、イタリア語の母音はこういうふうになっていると教わりました。
肘を立てて、指先がi、指の付け根がe、手首がa、腕の中ごろがo、肘がu、という具合です。

↑ i 指先 (浅い)
  e 指の付け根
  o 腕の中ごろ
↓ u 肘 (深い)

浅い母音と深い母音を交互に発声して声帯を動かす。そうして声帯の筋肉を伸ばしたり縮めたりして、声帯をコントロールする筋肉を鍛錬するんです。筋肉をいつも動かしていると、声帯が疲れにくくなります。
日本語の母音はヨコ並びです。同じ位置で声帯の筋肉を引っ張っていて、筋肉が動かない。動かない筋肉はすぐに疲れてしまいます。イタリア人はじつにオシャベリで、3時間でも4時間でも平気でペチャクチャやってます。日本人にはとてもマネできない。声帯の運動能力が低いんです。
しかし、日本人でもタテ系列の発声を取り入れると、急に歌いやすくなります。ただ、じつに根気よくやらないと身に付かない。教えるほうも理屈がわかってないと指導できないんですが、イタリアの先生はなぜ日本人にできないのかがわからないから困ってしまう。
喉の機能は音域で説明するんですが、母音で声帯の運動能力を高め、音域で声帯の機能を強化する。この二つで「ベルカント唱法」の発声法ができている。ここさえ押さえればいいのですが、それがなかなか難しい。

≫≫ 日本のオペラ研修所から世界へ ≪≪

──日本でのオペラ活動はいかがですか?

大岩 私は二期会とか団体に所属していないので、非常にやりにくかったですね。1回目の留学から帰ったあとに、「ラ・ボエーム」「カヴァレリア・ルスティカーナ(田舎騎士道)」「リゴレット」「妖精ヴィッリ」のオペラや、「NHK夕べのリサイタル」などに出演しました。
 2回目の留学から帰って、演奏会形式のオペラを上演する場として、イタリアオペラ小劇場を設立しました。1983年から2000年までに16回の公演と1回の特別演奏会を開きました。
日本での活動は、そんなところですね。日本では有力なバックがないとなかなか思うような活動はできないんですね。

──今後の構想をお聞かせください。

大岩 私は、マラテスタ先生から言われたように、60歳まで舞台に立ちました。これからは、長年のミラノ留学の経験を活かして、若い人を指導してゆきたい。いま、3人の生徒のレッスンをしていますが、みな将来有望な資質を備えていて、非常に楽しみです。
国内だけのことなんか考えていません。世界に通用するオペラ歌手を育てて、海外に送り出したい。その拠点として、「イタリアオペラ研修所」の設立を企画しています。少なくとも5つのレッスン室と宿泊施設、700~800人が入るホールが必要です。
 研究生と本科生をそれぞれ10~12人。発声指導者とピアニスタを各数名。イタリアからのオペラ講師も招聘し、オペラ上演の歴史や基本技術を徹底的に指導し、実践の経験も積ませる。
 世界に出てからの調整の場所としても重要です。オペラ歌手はつねに声のコントロールをしなければならないんですよ。ヨーロッパに行って、劇場から劇場に移るときに、ひと月以上も間があるときは日本に呼び返して、生活時間もむこうに合わせて、レッスンも夜中にする。
 いずれにしても、実現するためにはかなりの費用がかかる。これから、各方面に働きかけようと思っています。

──『オペラ読本』という大判で712ページの大作を出されていますね。

大岩 2005年に出しました。書き上げるのに20年かかりました。イタリアにいるときは手を出さずに、日本に帰ったときはずっと書いていました。その前には、『オペラ留学奮戦記』という本を出しました。いま、3冊目を準備しています。
 『オペラ読本』は、「イタリアに学ぶオペラ歌手の育て方」というサブタイトルにあるように、オペラ歌手を目指す人の教科書となるものです。構想中の「イタリアオペラ研修所」のテキストとしても考えています。

──「イタリアオペラ研修所」の実現を応援させていただきます。今日はありがとうございました。(2011.4.16取材)

ゴマッジョ追伸:
ご自宅のレッスン室でお会いした大岩さんは、もうすぐ70歳を迎えると思えない若々しい声で(テノールで)、若者のようなまなざしで、情熱的に、日本のオペラ歌手が世界に羽ばく夢を語っていただきました。
そのバイブルともいえる『オペラ読本』は、イタリアオペラを目指す人に必携の書です。ご希望の方は、大岩さんのホームページからお申し込みください。
大岩音楽事務所ホームページ
http://www.geocities.jp/oiwamusic/