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ギタリスト  天野 丘 さん  (その2)

飲むほどに、語るほどに、天野ワールドが天高く舞い上がる。ニーチェが卒論のギタリストと、しごくまともな話が、思わぬ「こんにゃく問答」に発展。理論なんてくそ食らえ。── by ゴマッジョ

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≫≫ 予備知識は捨てて身体で感じろ ≪≪

ゴマ 私は、4年ほど前からジャズヴォーカルを習い始めたんだけど、周りの人に話すと、「ジャズって難しいんでしょ?」と言われる。私も初めて知ってお恥ずかしいんですが、ジャズ理論というのがあるらしいですね。

天野 ジャズ理論があるとすれば、僕が勉強したことでしょうね。だけど机上のものですよ、それは。

ゴマ ポイントは何ですか?

天野 クラシカルな理論を、アドリブするために応用したもの、それがジャズ理論だと思います。端的に言うと、スゥイングするための論理なんてものはないんで、リズムに関しては、身体で覚えるしかない。
 理論というのはクラシックから入ってきていて、音の使い方のことだから、アカデミックにみようとするといくらでもみられる。しかし、ジャズの根っこは理論とは関係ない。

ゴマ 私はなにも勉強していないから、何が難しいのかもわからない(笑い)。
 サッチモが大好きなんだけど、それを聴いていて、ちっとも難しいとは思わない。彼みたいに歌うのは大変だけど(笑い)。

天野 うまいへたは関係ない。ふつうにやったらいいよ、ということ。そして、素直に聴いたらいい。難しく聴こえるのは、ジャズのよさをわかるだけの音楽的な根拠とか根っこが、その人にないからじゃないのかな。

ゴマ 譜面どおりにやっては面白くないのがジャズ、ですよね。そのための変え方はあるんですか、理論として。

天野 うん、だけどいくら理論書を読んでも、アドリブがうまくなるわけじゃない。変え方の理論じゃないから。
 こういうふうに変えた例があるね、それをどういうふうに理解したらいいか、それにはこう理論を適用したほうが説明しやすい、それだけのことだ、と思うよ。

ゴマ さきほど聴かせてもらった「天高く」のデュオ。失礼だけど、いつも聴衆は多くない(笑い)。「こんなに素敵なのになんで? 残念だなー」って、いつも思っている。それでつい、「ハイブローすぎるのかな?」って言ってしまったけど、それを説明するのは難しい。「一般的ではない」とか。

天野 ゴマさんが一般的と思っていることと、他の人が感じるものとはとうぜん差があるからねー。

ゴマ 違いますね。私の正義とオバマの正義はまるで違う(笑い)。みんなの正義などというのは、残念ながらない。
 ところで、いまは学校では最初のころのような理論中心じゃなくて、ギターを教えてるようですが、一番難しいと思うことは?

天野 音楽経験が少なくて入ってくる人は、頭デッカチの人が多いですね。頭に詰め込んでいる項目がいっぱいあって、それを元にしてやろうとする。
 そして、「これだけ勉強しているのでできると思うんですけど、何で僕はダメなんですか?」なんて言う。「理論武装するな」って言いたいね。そういうのは全部とっぱずして、自分にできるのは何なんだというのを知ってほしい。

ゴマ いままでの勉強をご破算にする? それは難しいな。

天野 それを難しく考えるんだったら、もうプロにはなれないんじゃないかな。ご破算にすることによって、それまでの勉強や経験が無駄になることは絶対にないので、あえてそれを頭の中から消し去って身体だけで演奏してみたら、いかに自分ができないかがわかる。具体的にやってみて、リズムが走っちゃうとか、スゥイングしないとか、ということを感じてほしい。
 だから若い人には、「君が知ってることは頭だけのことであって、身体のほうがちゃんとできていない。そうじゃないところへ行こうよ」と、言っている。「音楽的な身体能力をつけようよ、オレだってまだまだなんだから、みんなでいっしょに体操してみようよ、リズムをとってみようよ」「頭の中をいったん空っぽにして、まず手を動かそうよ」。それが、音楽教育だと思う。

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≫≫ ラディカルでロマンティックで ≪≪

ゴマ さきほどの「天高く」デュオの「ハイブロー」についてだけど、何がそう感じさせるのか? ネーミング自体がハイブローだけど(笑い)。

天野 んー、僕は自分の中のことしか興味がないからなー。

ゴマ それが天野ワールド? その真髄は?

天野 うーん。伝統を無視しないことに立脚したオリジナリティ、かな。それがないと音楽家じゃない、プロとして失格だと思っている。

ゴマ ずいぶんと高邁、まともすぎるくらい。歴史、文化の積み重ね、と。

天野 まとも以外の何ものでもない(笑い)。伝統に立脚していないものは、僕は認めない。いままでの音楽行為も、さっき聴いてもらった「天高く」デュオでナオちゃん(ジャズヴォーカル高橋奈保子、ゴマ注)とやっているのも、その流れの中にある。文化の積み重ね。

ゴマ なるほどね。だけど、ジャズはそんなに古くはない。19世紀末から20世紀の初めにかけて、アメリカの南部の町で生まれて、流行りだした。

天野 そう、たかだか100年ほどの歴史しかない。ブルースらしきものが出てきて、たいして経ってはいない。だけど、その割には庶民に根付くのが早かったよね。乱暴な言い方をすれば、金持ちのための音楽じゃないから。

ゴマ 世紀末思想から第一次世界大戦、大恐慌へと続く世界の流れが後押しをしたのかも知れない。アフリカ系アメリカ人の音楽が癒しを与えた。

天野 それが西洋音楽とうまく融合して、音楽性を高めた。クラシックの音楽理論を取り入れて、ジャズが高級なものになり得る要素ができた。クラシックの楽器を使って演奏するのだから、クラシックの技術がなかったらできない。

ゴマ 遊び心で即興的に演奏するというのは?

天野 クラシックの基礎なしにそれをできるのは、せいぜいドラムくらいしかない。他の楽器にはできない。ピアノはもちろん、ベースにしろサックスにしろ、クラシックの知識とテクニックがないと全然ムリ。

ゴマ ちょっとアレンジしてみよう、アドリブで楽しんでみるというのは?

天野 それができるのは、そしてその人のセンスを反映できるのは、きっちりと基本ができていないとダメ。でないと遊べないよ。
 僕が聴くもので古いものでいうと、ラグタイムで有名なスコット・ジョプリンくらいだけど、彼はクラシックのピアニストと作曲家を目指していたんだよね。そして、黒人音楽のハーモニーとリズムをクラシックに結びつけようとしていた。ラグだけでなく、オペラも作曲していたんだ。
 そして、ジョプリンとデューク・エリントンを比べてみると、これは相当に似ている。これはたぶんクラシックをしていた人が弾いているな、ということは容易にわかる。だって、強力に楽器がうまいんだもの。
 僕に言わせると、ジャズはデューク・エリントンだね。そして、ロックもデューク・エリントン。彼がいなかったら、ロックはなかったと思う。彼がやったことはすごいハイレベルだよ。クラシックのやり方を飲み込んで、あらゆる層を飲み込んだ。そして、みんなから受け入れられた。
 そういう意味で、ジャズも伝統のうえに乗って発展してきたんだよ。

ゴマ なるほどね。で、さきほどの天野ワールドの話にもどるけれど、自分ではわからないと思うけど、人から言われたことはある?

天野 んー、「あんまりこだわりがないよね」って言われるね。ジャズだ、ロックだ、何とかだ、というこだわりは感じさせないね、って。

ゴマ 禅問答みたいになっちゃうけど、「こだわり」がないのが「こだわり」だと。どうでもいいけど、大事なもの。

天野 まさに、そーだと思う。僕にとっては、ジャズもロックもへったくれもない。みんなおんなじだから。ブルースがない、スゥイングがないのがイヤなだけ。しかし残念だけど、それが聞こえてこないジャズやロックがある。

ゴマ 私はけっこうライブには行ってる。だけど、「うまいなー」と思っても、また聴きたいと思うのとは必ずしも一致しない。天野さんのギターは好きです。

天野 ありがとうございます。音楽として成立させる条件というのが、僕の中である程度はっきりしているとは思っている。
 それは、音楽の話で、楽器じゃない。僕が、ギターの楽器としての機能をフルに活用しているかというとそうじゃない。僕よりうまい人はいくらでもいる。もちろん、技術は必要。だから練習している。しかし、楽器の可能性として最高の技術レベルになることが即音楽に反映するかどうかは、聴いてみなければわからない。逆に言うと、うまいだけの人がいかに多いかということ。ジャズっぽいことはできても、ジャズじゃないと思うのが多いね。

ゴマ 勝手に思っているんだけど、天野さんにはアナーキーなイメージがある。さっきの、こだわりがないということと通じるところがある。
 私は5年前ほどから俳句をかじっていて、俳句はアナーキーなものだと思っている。五七五の短い音の中で、世界をとらえようとする。ムダを省き、刹那で切り取ろうとするたくらみ。刹那は逆に永遠だと言えば、道元やアルチュール・ランボーの詩みたいになっちゃうけどね。
 天野さんの音楽と立ち居振る舞いを見ていると、アナーキーさを感じる。

天野 うん。アナーキストであるぶん、伝統を大事にしているね、逆に。

ゴマ なるほど。アナーキーさの情熱を感じるわけ? というか、一瞬一瞬を大事にするために、情熱的にならざるをえない?

天野 そうだと思う。ゴマさんがそう感じる音が出たり、態度になったりするのは、まだ、なーーにもできていないからじゃないかな。自分が「これだ」という音もまだまだ。実現したいと思うものは見えはするよ。見えはするし、その試みもしている。けれども、まだ何かある、まだ違う、と思うんだ。

ゴマ そんなの死ぬまでできないよ。

天野 うん、だからじゃない。それがアナーキストの条件。

ゴマ トロツキストでもあるわけ? トロツキーの永続革命論。「我々はここまで革命してきた。さあまた、革命を始めよう…」という。

天野 常にぶっこわすわけね。

ゴマ ラディカルでありながら、クールでもある。詩人でもある。

天野 ニーチェもそうなんだなー。

ゴマ 天野さんの大学の卒論はニーチェだったんですよね(笑い)。
 トロツキーは、「詩人はいつも民衆の後をとぼとぼと歩いていくだけだ…」というような言い方をする。民衆は常に先を歩いている、と。

天野 歩いてゆくことが、革新していることだから。しかも、先がどうなっているかわからなくても歩いてゆく。
 だけど、革新イコールすべてをぶっ壊すということではないよね。新しくするためにはいままでやってきたことを大事にして、守るべきことは何かを知らないといけない。

ゴマ 元がわからないとぶち壊せない。

天野 まず足元をちゃんと見ないと。それには、伝統を知らないといけない。逆説的になるけど、保守的なことはすごく大事だと思う。

ゴマ 何を守るべきかをわからないと、革新はできない。

天野 そのためにも、いろんなことを吸収したい。古い音楽はもちろん、新しいものもどんどん聴きたい。収集という意味ではなくて、つねにいろんなものを仕入れて、いろんなふうに耳を傾けていたい。また、いろんな形の演奏活動も手がけてゆきたい。
 そして、なるべく若い人たちといっしょにやりたいと思ってる。彼らから学ぶこともいっぱいあるし、僕がいままでやってきたことを伝えることで、彼らの可能性を高めることに役立つことができるかもしれない。

ゴマ ラディカルでありながらリリシズムで、ロマンティックなところが天野ワールドかな?
 これからも、その世界に浸らせていただきたいと思います。今日は、ありがとうございました。(2011.5.21取材)