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音楽と私 Backnumber

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「私の音楽履歴書」(第2回) 阿部美穂 さん
「私の音楽履歴書」(第1回) 阿部美穂 さん
シャンソンの魅力にふれて  田辺慶一 さん
「アメリカンミュージックとともに」  ロイ 田沢 さん
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演歌「夜空」からクラシックまで(その3)  坂井 誠 さん
演歌「夜空」からクラシックまで(その2)  坂井 誠 さん
演歌「夜空」からクラシックまで(その1)  坂井 誠 さん
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“ラヂヲ”から始まった音楽放浪記(第三部) 山田一雄 さん
“ラヂヲ”から始まった音楽放浪記(第二部) 山田一雄 さん
“ラヂヲ”から始まった音楽放浪記(第一部) 山田一雄 さん
「津軽三味線を生涯の友に」  畑中裕生 さん
「雨の日のビル・エヴァンス…」  須藤麻季 さん
「ブラームスと間奏曲」  中川奈緒美 さん
『とこぴあ』と私の還暦ピアノビギナー練習法        大勝こうじろう さん
「シャンソンとの出会い」  中條 進 さん

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私と音楽

音楽と私

ひょっとこマスター - コピー.jpg

「我が青春のビートルズ!」  峯岸雅広 さん

【峯岸雅広(みねぎしまさひろ)さんのプロフィール】
1950年所沢生まれ、所沢在住。
中学3年のときにビートルズを聴き、ロックに目覚める。
高校のときにエレキギターを月賦で買い、友達とバンドらしきものを組む。
1997年に、妻が「ビートルズも聴ける酒場 ひょっとこ」を開く。
その5年後に30年勤めた会社を辞めて、一緒にロック居酒屋を運営して今に至る。
現在は「ひょっとこバンド」のバンマス兼、お店の火元責任者でもある。
 【「ひょっとこ」のサイトはこちら】

峰岸2.JPG

♪♪ ビートルズが好きだ! ♪♪

ビートルズが好きだ!
私が音楽に目覚めのは、中学3年のときだ。友達が「ビートルズってのが出てきたよ」と、1枚のレコードを貸してくれた。ツイスト&シャウトのシングル盤だったと思う。
それまでも母のギターを借りてベンチャーズなんかを弾いてはいたが、ビートルズを聴いた瞬間、なんともいえない気持ちの高揚があった。

早速、なけなしのお金をはたいてセカンドアルバムを買った。当時はまだアルバムは、2枚しか発売されてなかった。
受験勉強はそっちのけで、毎日聴いた。
そして高校に入学。クラスに3~4人、ビートルズ好きがいた。
当時は大半の生徒が、ビートルズはおろか音楽そのものに興味がない時代だった。せいぜい「舟木一夫や橋幸夫がいいね」なんていう時代だった。そんななか、少数派のビートルフリークは寝ても醒めてもビートルズの話。新しいレコードが出ると即買い。たとえ女の子とのデートがあったとしても、真っ直ぐに家に帰り、何回も聴いた。

そんな折、ビートルズの来日のニュースが入ってきた。行きたい、絶対行きたい!
チケットはライオン歯磨きを買うと1枚応募券が付いてくる。もちろん応募したが、結果はハズレ。
しかし友達で二人、チケットを入手したやつがいた。一人は同じクラスの友達。当時フランスギャルが同時来日で、そのチケットを買った人は
優先でビートルズのチケットが当たるという特典があった。
その友達はフランスギャルのチケットえを買って、まんまと特典の恩恵に預かった。私が行ってた高校は所沢高校だったが、1年生だけでも13クラスあって、1クラス55人くらい。したがって、1学年で約700人くらいが在籍していたが、私の知る限りではビートルズを見に行ったのは彼だけだ思う。
そしてもう一人は川越高校に行ってた、最初に組んだバンドのリーダー。彼はビートルズのフアンクラブに入っていたので優先的にチケットが取れたらしい。
悔しい。今度来日したら絶対行くぞ! と決意するも、その後ビートルズが二度と来日することはなかった。
そして1970年ビートルズは解散。私の青春は終わった。

峰岸3.JPG

♪♪ I don’t believe Beatles  ♪♪

その後ビートルズは全員がソロ活動にのめりこんでいくが、ジョンやポールのレコードを買って聴いても、何かもの足りないのだ。
よく「ビートルズの誰が好き?」という質問を受けるが、ビートルズはビートルズなのだ。
初期はビートルズ全員で歌ってる。誰がリードをとってるのかなんてことは考えなかった。
ビートルズ解散後、私はレッドツエッペリンやパープルなどハードロックにはまっていく反面、日本の拓郎に代表されるフォークにもはまっていった。
ビートルズのコンサートに行けなかった反動で、毎日のように、外タレのライブやフォークのコンサートに行った。
そして大学を卒業、4年間伸ばした髪を切って就職。26歳で結婚。
仕事の関係で大阪、名古屋、神戸と転勤。
それでもギターを弾いたりレコードも買ってたが。もうライブに行く時間はなかった。

ビートルズのことも忘れかけていた、1980年の12月。当時私は吉祥寺のあるショップの店長をしていた。
まず弟から電話があり、「ジョンが死んじゃったよう」という連絡。
まさか冗談だろう。そして間髪いれず、高校時代のバンドリーダーから同じ内容の電話が…、他にも何人かから連絡が入った。
ショックだった。今度こそ俺の青春は終わったと思った。
その日は、どうやって自宅に帰ったか覚えていない。
ただやたらと「ジョンの魂」というLPを聴いていた覚えがある。
その中にGODという曲がある。
ジョンがもう何も信じない、最後にはビートルズさえも信じない
I don’t believe Beatles
という一節.これは泣けた。
そして改めてビートルズの最新のBOXセットを買って。また聴き始めた。

それから20年。よもやビートルズの店をやるとは思ってもいなかったが…。
当時はビートルズ好きはクラスに3~4人しかいなかったが、所沢にもこんなにビートルズやロックの好きな人がいるんだ。
また楽器をやってる人が多いのにも驚かされた。
今、「ひょっとこバンド」というおじさんバンドを組んで、日夜練習に励んで、毎年ライブをやっている。
しかし、最近はビートルズの曲が少ないとのお叱りもチラホラ。また原点に返ってビートルズをやろう。

やっぱりビートルズが好きだ!