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音楽と私 Backnumber

「私の音楽履歴書」(第3回) 阿部美穂 さん
「私の音楽履歴書」(第2回) 阿部美穂 さん
「私の音楽履歴書」(第1回) 阿部美穂 さん
シャンソンの魅力にふれて  田辺慶一 さん
「アメリカンミュージックとともに」  ロイ 田沢 さん
「アロハに惚れて」  中野 彰 さん
演歌「夜空」からクラシックまで(その3)  坂井 誠 さん
演歌「夜空」からクラシックまで(その2)  坂井 誠 さん
演歌「夜空」からクラシックまで(その1)  坂井 誠 さん
「我が青春のビートルズ!」  峯岸雅広 さん
「ロックとの出会いと作曲」  吉乃黄櫻 さん
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“ラヂヲ”から始まった音楽放浪記(第三部) 山田一雄 さん
“ラヂヲ”から始まった音楽放浪記(第二部) 山田一雄 さん
“ラヂヲ”から始まった音楽放浪記(第一部) 山田一雄 さん
「津軽三味線を生涯の友に」  畑中裕生 さん
「雨の日のビル・エヴァンス…」  須藤麻季 さん
「ブラームスと間奏曲」  中川奈緒美 さん
『とこぴあ』と私の還暦ピアノビギナー練習法        大勝こうじろう さん
「シャンソンとの出会い」  中條 進 さん

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私と音楽

音楽と私

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「航空公園ジャズバンドの夢」 原宿眞智寿 さん

【原宿眞智寿(はらじゅくまちす)さんのブロフィール】
本名:今津賀昭(いまづかずあき)
一級建築士、マンション管理士、デザイナー、イラストレーター
似顔絵師:原宿眞智寿
・1942年山口県宇部市生まれ
・2002年建設会社退職
・2004年~2007年 タイ国チェンマイと所沢自宅を往来しボランティア活動
・2013年NPO法人マンション談話室ウィン・ウィン設立代表理事に就任
・2015年1月~高齢者相互支援活動「地域包括ケアシステム」立上げ運動開始

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♪♪ アルトサックス 65の手習い ♪♪

埼玉県立所沢航空記念公園は、「緑の街所沢市」の誇るパワースポット。その主要な出入り口は、周囲をめぐる道路に沿って東・西・南・北にある。そのうち西側出入口は、二層になっており、上の層は航空公園駅からの順路でそのまま陸橋を渡って入場できるので、徒歩での来場者が最も多い出入り口である。一方、下の層は、西側幹線道路の歩道に沿っており、上の層の陸橋の南側の下部にある。
歩道の脇が台形の小さな広場になっており、そこから公園の花壇(かつて滑走路だったところ)に向かって幅広い階段が登っている。
そこはちょっとした、野外劇場の趣がある。夕暮れ時の西日が射す時間帯が特に良い。

この入口を利用する人は極めて少ないし、この場所を利用する人もまた稀だ。
ここに土曜日、日曜日および祝日の午後に、ジャズミュージシャンが三々五々と集い、バンドがその日に自動発生して、演奏が始まる……アメリカ合衆国南部の、アフリカから連れてこられた黒人奴隷たちが、厳しい労働から解放される日曜日の午後のつかの間の時間に、楽器らしい、音の出る、白人が捨てたものを持ち寄って、アフリカの祖国で奏でていたリズムを再現し、即興でメロディーを付けて合奏したジャズの発生期のディキシーランドの街角のようなシーンを実現させたいと思ったのが7年ほど前のことだった。

その願いを抱きながら、日々日課のようにして、ここでアルトサックスを練習して3年が経った頃に、ドラムスのFさんが現れた。
原則として土曜の午後だけの来場だけど、リズム楽器の人が現れたのは本当に嬉しかった。
FさんはY国立大学時代からジャズに傾倒した人でその技量は申し分なく、今も時々ライブに参加している。
そろそろここで、私と私の技量について述べなければならないが、65歳の時にジャズをやりたいとアルトサックスを初めて手にして、S先生というアルト奏者に個人レッスンを受けていた。
S先生は、50歳代後半の人で、A学院大学の時にジャズに入ったプロ奏者で、ジャズボーカリストの奥様のKさんと一緒に10年間もニューヨークで修行した人だ。
ところが、「音楽における長嶋茂雄」のような方で、ご自分の極めて優れた音楽の資質が筆者のような高齢者になって初めて楽器を手にした不器用な者に対しても存在すると確信しておられたところに私の悲劇があった。
私はというと、かろうじて楽譜が読めるようになっていたせいで、耳を使うよりも目で譜面を見ようとする、ジャズ奏者にとって好ましくないやり方から離れられないのだった。

これでは、コーラス部分ができても、インプロビゼーション(アドリブ)はできない。
アドリブというものは、実にものすごいことで、作曲と演奏を同時に行うもので、しかも原則その曲のコード進行に沿った音だけを使い、自分の演奏する小節の数を数えながら、他のメンバーの演奏ぶりと協調しながら、聴衆の反応を確認しながら、Live houseとの終了の約束時間を気にしながら……という一度に多くのことを、リズムに乗って同時に行う行為なのだ。
軽い気持ちでやってしまえば、そのままどんどん良くなる反面、いったん難しいものだと感じたら、とてつもない壁のように立ちふさがってしまうのだ。

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♪♪ チェンマイのバンドの日本公演 ♪♪

始めてから5年が経った時に、タイのチェンマイから「私の主宰する」バンド「The Secret Dream」のメンバーAphiprat Khuendee(Tenor Sax)、その息子(Drams)、奥さんApple Khuendee(Vocal)がやってきた。実際のところ2年ぶりに会う彼らのテクニックがすごくて、リーダーの自分がとてもついて行けないのではないかと恐れた。
事前に取り決めた曲目は、Satin Doll、Alfie’s Theme、You’d Be So Nice To Come Home Toその他及びThe Secret Dreamのテーマ曲だった。

S先生に来てもらって、都内のスタジオでやった。
高校生の息子のドラムスは、すごく上手くなっていた。
父親のテナーサックスは、どうか?…
相変わらずのFreestyleだった。楽譜が読めないのはかまわない、理論が嫌い、耳で聴いて曲を覚える前に演奏したいという人物なのでFreestyleになるしかない。
S先生に「にわかレッスン」を受けたが、この人はレッスンを受けるのも嫌いだった。

その後、彼らに雪を見せてあげようと黒部ダムに案内した(5月の連休の後に来日した)。
写真は、黒部ダム上でTenor Saxをブローする筆者(左)と北部タイの民族楽器でバックを取るAphiprat Khuendeeさん。

最後に航空公園に伴ってきた。
あの西側入口広場でやろうと思ったが、あいにく天気が悪かったので、公園の近くのレストラン(「玉かずら」:現在は閉店している)に入った。この店主のOさんは、クラシックのバイオリン奏者でもある。
Aphiprat Khuendee(Tenor Sax)、その息子(Piano)、原宿眞智寿(Alto Sax)、Oさん(Violin)という編成で全くfreestyleの音だしをした。
このようにしてThe Secret Dreamの日本公演が終わった。
達成感は得られなかったが、ともかく実行したのは事実だ。

航空公園の西側入口では今もFさんがDrumsをやっているはずだ。
どなたか私の夢を実現して欲しいものだ。
I hope somebody play a jam-session in the park-SAITAMA MEMORIAL PARK OF THE FIRST AIRPORT IN JAPAN.
暗い地下室の中だけがJazz Liveの場ではないだろう。
Jazz発祥の原点に戻って、日本の航空発祥の地の屋外で天に向かって音を発するのも悪くないはずだ。
その後、わけがあって、私は楽器を持たなくなった。そのわけは、またの機会にでも……。
今は、似顔絵(毎週火曜日と木曜日の午後1:00~5:00の時間帯で所沢ダイエーの7階でやっているので覗いてやってください)と紙芝居(死後の世界がテーマ)に挑戦中だ。
また、NPOマンション談話室ウィン・ウィンの代表理事「今津かずあき」として「マンション談話会」の開催が忙しい。マンション管理にご感心のある方は、是非アクセスしてください。kazzimazu@tbz.t-com.ne.jp