所沢の音楽情報・タウン情報 ptoko(ピートコ).JP

Share |
  • ptokoについて
  • お問い合わせ

音楽と私 Backnumber

「私の音楽履歴書」(第3回) 阿部美穂 さん
「私の音楽履歴書」(第2回) 阿部美穂 さん
シャンソンの魅力にふれて  田辺慶一 さん
「アメリカンミュージックとともに」  ロイ 田沢 さん
「アロハに惚れて」  中野 彰 さん
演歌「夜空」からクラシックまで(その3)  坂井 誠 さん
演歌「夜空」からクラシックまで(その2)  坂井 誠 さん
演歌「夜空」からクラシックまで(その1)  坂井 誠 さん
「我が青春のビートルズ!」  峯岸雅広 さん
「ロックとの出会いと作曲」  吉乃黄櫻 さん
「オカリナの町ところざわ」を夢見て10年!  岡本詔一郎 さん
「クラシック」と「パッヘルベルのカノン」 中川 竜 さん
一本の電話とレクイエム  泉山 康 さん
「航空公園ジャズバンドの夢」 原宿眞智寿 さん
“ラヂヲ”から始まった音楽放浪記(第三部) 山田一雄 さん
“ラヂヲ”から始まった音楽放浪記(第二部) 山田一雄 さん
“ラヂヲ”から始まった音楽放浪記(第一部) 山田一雄 さん
「津軽三味線を生涯の友に」  畑中裕生 さん
「雨の日のビル・エヴァンス…」  須藤麻季 さん
「ブラームスと間奏曲」  中川奈緒美 さん
『とこぴあ』と私の還暦ピアノビギナー練習法        大勝こうじろう さん
「シャンソンとの出会い」  中條 進 さん

トップページ>

私と音楽

音楽と私

1の上.jpg

「私の音楽履歴書」(第1回) 阿部美穂 さん

【 阿部美穂(あべ みほ)さんのブロフィール 】
山梨県出身、所沢市在住。音楽の知識は小学生以下ですが、聴くのは大好き。スマホでリシッツアなどをヘビロテしてましたが、今は中島みゆきオンリーです。

1の左.jpg

♪♪ 愛犬の歌から「22才の別れ」 ♪♪

~ 家にはピアノがあったのに
 子供の頃当時の田舎には珍しく家にはピアノがあった。母が小学校の教諭で、副免許が音楽だったからだ。幼少の私にもピアノを習わせようと試み、親戚のピアノ教室に通わせたが、私は態度が悪かった上に、レッスンを抜け出して外で遊んでいたらしい。結局手に負えず、クビとなった。
 こんな有様だったから、学校に上がってからも音楽は週1~2回学校の授業でやる程度、特に思い入れもなく、TVのアイドル歌手に憧れることもなかった。ただ、犬、猫はじめ動物はたいてい好きだったので、愛犬ロンのエサを要望する歌を自作して歌っていたりはした。

~ 初めて買ったレコードは井上陽水
 それでも、小学校6年の終わり、ちょっと背伸びして大人ぶってみたいお年頃で、井上陽水のレコードを田舎町にたった一件だけあったレコード店で買い求めた。選んだのは「GOOD PAGES」、これが初めて自分のお金で買ったレコードとなった。白いジャケットがまぶしかった。「傘がない」など暗喩的な詩の深い意味は多分よくわからず聴いていたが、「人生が二度あれば」で陽水が最後に嗚咽するところに子供ながらもジーンときて繰り返し聞いていた。
 まもなく入学した中学は田舎にしては自由闊達な校風で、昼休みの校内放送は、小椋佳やビートルズ、井上陽水もかかっていた。ある日、放送係だった私は、3年生の先輩と一緒に、まだ若い数学の深澤先生(男性)が持ってきてくれた小椋佳のLPを昼休みにかけていた。
 すると、音楽の愛子先生が、放送室に乗り込んできた。ここは学校だからクラッシック音楽をかけるべきと注意された。が、先輩と私は、適当に遣り過ごし、結局言う事を聞かなかった。
 更に、私の1年C組は、吉田拓郎やかぐや姫好き男子がいて、クラス全員の多数決の結果、「22才の別れ」を毎日帰りの会で歌うことになった。今にして思えば、22才に程遠い中坊が声を揃えて歌うような曲ではなく、かなりマヌケていたと思うのだが、当時はみなそれがカッコイイと思っていたのだからお笑いである。この若気の至りを、担任の美術の日向先生(男性)は、静観してくれた。
 さて、このままこの中学にいれば私もフォークや洋楽に普通にハマっていたことだろう。しかし、家の事情で私は中2の4月この中学にはいなかった。転校したのだ。かつては転校生に憧れたこともあったが、それは転校する前だったからと思い知らされた。
 転校先の中学校では昼に小椋佳は鳴らなかった。校風も違う。転校生なのだから当たり前だが、友人も知人もいない。小学校時代はずっと23人一クラスで、中学も小学校時代の友達と一緒だったから、新たにゼロから友人を作る経験をしたことがなかった。休み時間に話題になるのは、ベイシティローラーズやビューティペアなど当時TVで流行していたものばかりで、これも私にはどうにも馴染まなかった。

1の右.jpg

♪♪ 卒業式にモーツァルトの40番 ♪♪

~ 小フーガト短調との出会い
 転校先2年A組の担任は音楽の中沢先生だった。転校してすぐの授業で、バッハの小フーガト短調をかけてくれた。哀愁を帯びたメロディーが、後に先にと追いかけ合う。聞いてすぐに「なんだこれ、いいじゃん!」と思った。
 ほどなくして赤字ローカル身延線で甲府の新生堂まで出かけ、この曲が入っているレコードを探した。他の曲や演奏者などさっぱり知らなかったから、ジャケットと値段で選んだ。
 家に帰って心躍らせながら33回転に針を乗せた、最初の曲は、トッカータとフーガニ短調。のっけからクライマックス、悲劇のどん底のような曲調だったが、転校間もない当時の私の心情にマッチしたのだろう。これも好きになった。更に、パッサカリアとフーガ ハ短調も、出口のない闇を一人彷徨い歩くかのような曲だったが、ほどなくして好きになった。
 その後、授業で聞いたモーツアルトの40番も好きになり、またレコードを買いに行った。余談だが、この中沢先生は卒業式に、蛍の光などではなく、この40番で送ってくれた。第2、第3楽章などは別れの場に相応しい。いい選曲だった。
 そんなこんなで、音楽を聴くことが好きになり、いい曲を聴くと心が慰められるということを知った。小5の時、父が旧ソ連から買ってきたきり放っておいたレコードも、引っ張り出してみた。小学校の時はわけがわからなかったが、ロシア語と並んで英語の解説があり、ブラームスのピアノ協奏曲第2番、マゼール指揮、パリ響、ピアノはリヒテルだった。これも聴き込むうちに好きになった。
 クラッシック音楽というのは不思議なもので、最初はつまらないと思う曲も、繰り返し聞いているうちに、たいてい好きになっていく。これが、時に試され、残った古典というものの力なのだろう。

・写真右の1=モーツァルト交響曲40番
・写真右の2=ブラームス ピアノ協奏曲2番 ジャケット表
・写真右の3=ブラームス ピアノ協奏曲2番 ジャケット裏
       ロシア語、仏語、英語が並ぶ